アルフ永眠

 ALF(アルフ)が永眠しました。1月の、年が変わってすぐのことでした。いまだうまくのみこめずにいます。

 ALFは10代の終わり頃から十数年、共に多くのイベントの現場に立ちました。
 イベントに対する考え方の方向性が近く、ともに試行錯誤し、私生活でも自転車以外の遊びに連れ出してくれる数少ない友人でした。
 また、僕に対して面と向かって「そりゃ違うよ」と言ってくれる貴重な存在でした。

 そのALFが急逝しました。
 本当に突然のことでした。

 もし彼と連絡を取れなくなったと訝しんでいる方がいらっしゃいましたら「ALFと連絡が取れないのはしょうがないんですよ」と伝えていただきたいです。

 もうご連絡いただいても、彼はお返事することができません。
 果たしてなかった約束があっても、もう彼は果たすことができません。
 大変申し訳ありませんが、何卒ご理解いただきますようお願いいたします。

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 彼という存在がなくなってしまったことをどう処理してよいのかいまだにわからず、僕の知る彼はそのまま僕の知るだけの彼としておけばいいのではないかと思っていました。
 また、様々なチャンネルを持っていた彼を、僕がその死を紹介することで小さく見せてしまうのではないかと思ったりもしました。彼は僕よりも広い関係の中で生きていました。

 その別れから3ヶ月が経とうとしている今になって報告しているのは、アルフと共に巡ったイベントで出会った方々の中に今も連絡を取っていた方がいるかもしれないと思ったから。それが誰かは僕にはわからず、どこまで伝えたものなのかもわからず。自転車関係はそれでもある程度伝わると思うのですが、僕らが赴いたイベントは直接自転車界隈に関係ない場の方が多かったからです。

 彼が自身の方針によってイベントから離れ、僕だけでイベントに赴くようになって何年も経っても「ALFさんお元気ですか?」ってよく聞かれるくらい彼は記憶に残る人でした。

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 通夜に参列しました。

 はじめてお会いしたALFのご両親と、彼の生前のことをたくさん話すことができました。
 ご両親の知っているALFの話は、当然濃く深く愛情に満ちたもので、一つ一つの話がありありと彼の生前の姿が思い起こさせ、僕の知る様々な彼の行動の記憶を裏付けその存在に厚みを持たせてくれました。
 僕の知らないALFのことをたくさん聞かせていただき、僕もいろいろと知っていることをお話しさせていただきながら、ALFは自分の話をされるのは本気で嫌がるんだよなぁと思いましたが勘弁してはやりませんでした。

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 先日夢に彼が出てきました。
 まだ若い頃の僕らが一緒に車を走らせイベント会場に向かっている夢でした。
 夢の中の彼は、相変わらずよく喋り、スキあらば自分の話に引きずり込み、僕が強い言葉を使うとちょっと困ったような悲しいような顔で「岡村さん、それは違うよ」と諌めてくれる彼でした。

 彼が自転車に初めようとしている人に向けてよく言っていたことを思い出します。

「好きな色、好きな形、なんでもいいから自分が好きな自転車を選んだらいい。好きなものに乗っていると楽しい。楽しければ続けることができる。自分の楽しいが大事。それを横からぐちゃぐちゃ言うのはだめだ」

 彼は「普通の中のすごい人」を自認していたような節があって、そうした彼が生む言葉は普遍的に楽しく生きることをよく表していたように思います。

 こうして彼のことを思い出しながら書き出していると、つい美化してしまっているような気もしますが、変なことを書くとまた彼に叱られそうなので、これはこれでよいことにします。

 それでは。
 バイバイ、またね。